歪めないこと、二つの照応 『げんしけん二代目』を読みつつ - 舟橋純

『げんしけん』の舞台である椎応大学では学園祭が開催しており、現代視覚文化研究会(以下、現視研)では展示とコスプレスタジオを行っていた。そこに、波戸賢二郎(以下、明記しない限り「波戸」は波戸賢二郎を指す)がかつて所属していた高校の美術部の今野と藤がやってくる。そして美術部の先輩である神永先輩もやってくる。その神永というのが、波戸が女装したときの姿とそっくりなのである。これが重要なポイントである。波戸本人によれば、彼女は「憧れの存在」であり、「絵はとっても上手いし」「腐女子なのを隠すこともなく自然体で……」「先輩みたいになれたらなっていつも思っていました……」だそうだ。今野に神永への恋心を指摘されながらも、その気持ちは恋心というよりは同一化願望だった。そして神永は波戸賢二郎の兄である雄一郎と付き合っている。
この状況を神永はこう整理する。

・元々柔道部主将でマッチョな兄 雄一郎彼女持ち
・おとなしくて繊細な弟 兄カノそっくりになる女装スキル有り

ここからの結論はこうだ。「賢二郎は私になりかわって 雄一郎に愛されたいと願ってるんだよ…!!!!」
なんということだろうか。神永は波戸の憧れ≒同一化願望(片思い?)を、雄一郎への愛情の屈折した現れというふうに読み換えてしまったのだ。そしてここが興味深いのだが、妄想に巻き込まれてしまった波戸本人と、それを聞いていた、腐女子で現視研会長の荻上千佳は、この妄想にきちんと納得していることである。波戸いわく、「もちろん実際そうではないけど その客観的な発想はさすがと言わざるを得ない……かな」(傍点は引用者)。
ここまで詳細に追ってきたが、私が引き出したいトピックはこの「客観的発想」というところである。神永の「雄×賢」妄想は、「客観的」なのである。